sensaiさんでも楽しい生活。

~ HSPが生きやすくなるブログ ~

ネガティブな我が子 vs HSP気質の母

 

このところ 地元の公立高校は入試のため、

我が子は学校が1週間以上休み。

家で課題をしたり たまに友達と遊んだりしています。

 

部活もないので体を動かすこともなく

友達との予定がない日は家から一歩も出ない我が子。

完全に体が鈍っています。

 

本人が太ったと騒いでいるので、

 

「そんなに家に篭って動かなければ太るよ。少し自転車に乗ったり歩いたりしてきたら?」

 

とアドバイスしました。

 

すると

 

「自転車は逆に筋肉が付いて痩せない」

 

「歩いても太ももの後ろの肉は取れない」

 

あー言えばこー言う。

 

思春期なので分かってはいるものの、

言い訳が常にネガティブで。

 

さらに、春からは自転車で学校へは行きたくないと。

 

痩せたいのなら自転車で行けばいいのに、バスで行くと言い出しました。

 

確かに、同じ高校の子でバスを利用する子も近所にはいますが、

本数が少なく、ちょうどいい時間帯のバスがないことから

ちょっと距離はあるけれど自転車を利用していた我が子。

 

バスも時々利用はしますが、毎日ではないので

定期ではなく回数券を買っています。

 

冬の間は夫が車で出勤途中に 学校の近くで子どもを降ろしていました。

ですが、夫はその分早く家を出なければなりません。

 

暖かくなったら また自転車通学になるだろうと思っていたのですが、

面倒臭がり&ネガティブな我が子は

親の送迎に慣れてしまったようで

 

「自転車はキツイから無理」

 

「だったらバスで行く」

 

行きはひたすら上り坂で、荷物が重い時や強風の時は

確かに大変なんです。

 

でも、やる前からネガティブなことばかり言うので、

ちょっと私もムキになって言い返してしまいました。

 

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そこから「あれも」「これも」と

ネガティブシンキングや自主性がない等・・・

我が子の欠点をくどくど指摘してしまい、

最後は涙をぽろぽろと流す我が子。

 

やってしまった(*_*)

 

子どもを励ますつもりが自分までネガティブな叱り方をしてしまい、

最終的には自己嫌悪に。

時々、自分が親からされて嫌だったことを

我が子にもしてしまっていることに気づきます。

 

私のようにネガティブにはならず、

自分から前向きにどんどんやりたいことに挑戦できる子に

育って欲しいという思いがあり、

自分の気持ちを我が子に押し付けてしまいました。

 

我が子もHSP気質があり、小さい頃から引っ込み思案でした。

だから急にポジティブに自分から行動できるようになるのは

難しいって分かっているのに。

 

最近は日常生活で困るほど何かに怖がることも

できないことも少なくなってきたので、

時々HSP気質だということを忘れてしまいます(^^;

 

でも、心の中は 繊細なんですよね。

未知の事柄には とても慎重ですし

しんどいことを自ら乗り越えようとする気持ちが

弱く、やる前から諦めてしまうことが多いので

母としては歯痒い気持ちになります。

 

子ども曰く、自分がネガティブなことを言っても、

「はいはい、そうなのね」と

軽く流してほしいんだそうで。

 

私は我が子の言葉に一々反応し過ぎなのでしょうね。

 

HSP気質もあるので、人に言われた言葉や態度のひとつひとつを

スルーすることができず 

相手はどういう意味で言ったのだろうと気にしてしまいます。

 

もっとおおらかな気持ちで 我が子を受け入れてあげないといけないのに

子どもの後ろ向きな発言に一々反応してイライラしてしまいました。

 

自分も ネガティブで面倒臭がりのくせにね(汗)

 

自分の嫌な面を 子どもに重ね合わせて見てしまうと、

我が子にはそうなって欲しくないと強く思ってしまいます。

 

だけど、子どもには子どもの考えがあり 

行動に移すタイミングも本人次第。

時には失敗することだって必要です。

 

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分かっているつもりでも、自分の経験や知識から

失敗しないように手出し口出ししてしまうことも多くて。

 

その度合いが強すぎると、過干渉な毒親の出来上がりです。

 

自分が親になり、両親の気持ちも少しは理解できたつもりですが

やっぱり同じようにはなりたくない(汗)

 

親は心配のあまり「こうしたら」「ああしたら」と

アドバイスしがちですが、考えを押し付けたり

親の希望に沿うように誘導したりしないように

心掛けたいですね。

 

私も親として、人間として、まだまだ修行中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今読んでいる本について

 

最近、こんな本を読んでいます。

 

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「子どもの脳を傷つける親たち」

 

夫婦喧嘩って子どもに何か影響があるのかな?

ふと そんな疑問が湧いてきて、ネットで検索していたところ

この本を見つけました。

 

まだ読んでいる途中ですが、

親から受ける虐待が

子どもの脳にダメージを与えるという内容。

 

身体的虐待・性的虐待・精神的虐待と

大きく3つに分けられますが、

それぞれ脳のダメージ(=萎縮)を受ける場所が違います。

 

虐待を受けたことにより脳に影響を及ぼし、

それが愛着障害の原因にもなっているということが

研究結果から判明したそうです。

 

特に精神的虐待は、本人に対してだけでなく、

例えば両親の夫婦喧嘩を子どもの前ですることも

脳にダメージを与え、肉体的・性的虐待よりも

影響が大きいというのです。

 

もしかしたら 私がこれほどまでに自己肯定感が低く

自分が存在することが申し訳ないと感じるのは、

HSP気質も関係があるとは思いますが、

物心がついた頃から両親の喧嘩が絶えない環境だったのも

原因の一つでは?という気がしています。

 

身体的暴力のほうがダメージが大きいと思っていたので

意外でした。

 

実家へ帰省すると、今でも父親が母親のことをなじっています。

これはもう 日常的なもの。

 

母は慣れっこというか、感覚が麻痺しているようですが

久々にあの怒鳴り声と母を全否定する言葉や

自分のほうが有能だという言葉を聞くと、

子どもの頃に感じた嫌~な記憶が呼び戻されます。

 

一緒に帰省した夫も子どもも、

そのやり取りで 重たい気分に。

 

そういう言葉に 私は敏感に反応してしまうんですよね。

そしてなぜだか自分自身の存在まで否定的になってしまうんです。

 

恐らくこの思考が、「脳のダメージ」なのかもしれません。

 

子どもが小さいから記憶に残らないだろうと、

目の前で怒鳴り合いの喧嘩をしたり、

否定的な言葉で貶したりするのは

本当によくないと思います。

 

子どもにとって親は「安全な場所」でなければならないはずなのに

そう思えなかったら不安しかありません。

何を拠り所にすればいいかわかりませんよね。

 

私が子どもの頃、共働きの両親に代わって

祖父母が面倒をみてくれていました。

 

仕事帰りに両親が祖父母の家に私を迎えにきて

連れて帰るのですが、家へ帰ると

食事の支度が遅い母に父がイライラして、

食卓の雰囲気は決していいものではありませんでした。

 

何処に地雷があるか分からず、

私たち姉妹も いつもビクビク。

なので 当時私の安心できる場所は祖父母の家であり

祖父母が安心できる人だったのだと思います。

 

子どもにとって一番安心できるのは、

産んでくれたお母さんが一番身近で一般的かと思いますが、

うちの母は何となく人に対してよそよそしいところがあり、

充分に甘えた実感がないんですよね。

 

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恐らくですが、父に怒られないように気を遣うあまりに

子どもたちの気持ちを考える余裕がなかったのではないかと。

 

物心がついた頃には妹が生まれて、

甘えるのをガマンしていた気がします。

 

だからか、「私なんていないほうがいいんでしょ!」と言ってみたり

すぐお腹が痛くなっていた記憶が残っています(^^;

 

ちょっとめんどくさい子どもだったかもしれません・・・

親に丸ごと受け入れてもらえているという実感がないまま

大人になってしまったような気がします。

 

今になって、母は「もっとああしてやればよかった」「ごめんね」

と言ってくることがあるんです。

 

私はそのことに対して恨む気持ちはありません。

 

小さい頃は あまり構ってもらえなくて寂しい思いもしましたが、

忙しく働いて 私たちを大学まで出してくれたことや

孫たちを可愛がってくれることは本当に感謝しているので。

 

ただ、小さい頃に受けた心の傷は、なかなか消えてくれませんね(^^;

自己否定が時々顔を出す。

 

ブログをやっていると、私と同じように

自分を好きになれず苦しんでいる人が

割と多いなと感じますし

とても共感できるんです。

 

その人たちが 少しでも気持ちが楽になれるといいな、

そして私も そうなれるといいなと思っています。

 

色んな本を読んだり自分の気持ちをブログに書きだすことで

少しずつ自分を好きになれるように変えていきたいです。

 

 

 

 

 

 

【反芻思考】過去の失敗や嫌な出来事がトラウマになる

 

お久しぶりです。

 

このところ気分が落ち込み、自己肯定感がダダ下がりで

暫くの間、パソコンを開かずにおりました。

 

 

今日はいつもより暗い話題になります。

 

 

私は過去の失敗や嫌な出来事・辛かった感情などを

よく思い出してしまいます。

 

恥ずかしい思いをしたり、仕事で失敗をした等々は

誰にでもあることだと思います。

 

普通の人は、そんな過去のことを一々思い出して辛くなったりはしないのでしょうが、

私は子どもの頃のそういう過去まで思い出しては辛くなってしまうんです。

 

これを反芻思考というそうですね。

 

繰り返しネガティブなことを思い出す癖がある。

思い出さないように気分を逸らすより、

自ら辛かった思い出に向かってしまうというか・・・(汗)

 

反芻思考が続くと、何をするのも億劫になり、無気力に。

考える時間だけが過ぎていくのです。

 

これ以上傷つきたくないし、もっとポジティブに生きたいのに。

何故でしょう・・・。

 

何年も前に自分がとった言動が 実は非常識だったのでは⁈

と 今更ながら不安になったり(自分が常識的な言動をしているのかとても気になります)

 

子どもの頃に友達に上手くなじめなかったこと

若い時に恥知らずな言動をして、顔から火が出そうな思いをしたこと

職場で仕事が辛くて泣いてしまったことなどを思い出し、

とてつもなく恥ずかしくなってしまいます。

 

しまいには、

 

「 自分が存在すること = 恥 」

 

とまで思えてきます。

 

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もう、母のお腹に戻って1から出直したい。

そんなことまで考えてしまいます(*_*)

 

もうあの人たちとは関わりたくない。

あの職場の人や友達とは恥ずかしくてもう会えない。

 

・・・ちょっとしたことでもトラウマになってしまうのです。

 

気持ちが上向きな時は、よし頑張ろう!と思える日もあるのに、

気づくと過去の嫌な出来事を鬱々と思い返している自分がいます。

 

頭では理解しているつもりでも、心のどこかで 

ダメな自分・ありのままの自分を受け入れられないのです。

 

どんどん深みにはまり、最終的には人と接するのが怖くなります。

 

そして、

 

「人並みにできない自分・役に立たない自分は この世からいらない存在だ」

 

という考えに行きついてしまいます。メンタルがやられます。

 

 

目の具合が悪くなってから、メンタリストDaiGoさんの動画を見つけ、

よく観るようになりました。

 

彼は誰かに親身になって共感するような感じではなく、

自信満々にバサッと言い切ることが多いですが、

私には説得力があると感じます。

 

それは、過去に8年間もいじめられていた彼が 

自らメンタルを鍛えて強くなった経験があるからだと思います。

 

反芻思考、セルフコンパッション、マインドフルネス・・・

 

どれもDaiGoさんの動画で知った言葉です(^^;

 

HSP気質を持つ私は、目の症状が酷くなってから ますます自信がなくなり

家に籠って過ごす時間も増えてしまいました。

 

セルフコンパッションやマインドフルネスに関する本には

まだ手を出せずにいたのですが、そろそろ詳しく学んでみたいです。

 

私には必要な本かも。

きっと反芻思考が改善されるヒントが隠れているはずです。

 

生まれ持った気質に加え、生育環境なども影響があると思っています。

 

でも、いつまでも育った環境や親のせいにはしたくありません。

 

どうにかしたいです。

生まれてきてよかったなと思えるように。

 

 

 

子どもの体調と親の機嫌

 

私は生まれつき扁桃腺が大きく、子どもの頃はしょっちゅう熱を出していました。

 

大人になってから扁桃腺は手術して取ってしまったのですが、

時々酷い風邪を引いていました。

 

子育ての過程で 子どもの風邪をたくさんもらったせいか、

今はあまり風邪を引かなくなりましたが(笑)

 

両親は共働きでしたが、近くに住む母方の祖母が私の面倒を見てくれていたので、

子どもの頃 私が体調を崩しても、親は仕事を休まずに済みました。

本当に有難かったと思います。

 

父はすぐにイライラして怒鳴ることが多く、

家庭の中はピリピリした雰囲気が流れていた子供時代でしたが、

家族が体調を崩した時も不機嫌になっていました。

 

自分の目の前で家族が具合が悪そうな素振りを見せると、

ここで具合の悪い恰好を見せるなと怒られました。

 

気持ちが悪くて泣いていた時に 後ろから背中を蹴られた日のことは、

今でも忘れられません(汗)

 

どうしてそんなにイライラするのか、最初は意味が分かりませんでした。

 

恐らく、自分の思い通りに予定が進まないことに苛ついていたんだと思います。

今もそれは変わっていません。

 

具合の悪い人が自分の視界に入るのが気に入らない。

心配よりもイライラが優先するんです。

父が同じ空間にいるときは、ちょっと茶の間で横になるとかできませんでした。

 

小さい頃って、具合が悪い時に親がそばにいてくれると安心すると思うのですが、

うちはそれができませんでした。

 

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なので体調が悪い時は、自分の部屋でじっとしていました。

 

父は40を過ぎた頃から喘息を発症し、発作が出て入院したことがあるのですが、

自分がギリギリまで我慢して病院へ行かなかったのに、

母が察してくれなかったことに腹を立てていました。

 

自分の具合が悪いと大騒ぎするくせに。

子供かよ!と内心突っ込んでいました。

 

いつも自分中心で、相手の立場に立って物事を考えることができない人なのです。

 

大学を卒業して実家へ戻って間もなく、私は夜中に腹痛と下痢が止まらず、

父に救急へ連れていってもらいました。

 

また具合が悪いと言ったら父の機嫌を損ねるからお願いしたくなかったのですが、

どうにも我慢できなくて、親を起こしてお願いしました。

 

その時は何も言われませんでしたが、手間をかけてしまった罪悪感と

いつ怒られるんだろうという不安に駆られました。

 

小さい頃から風邪を引きやすかった私は、

大人になってから帰省する時も 咳をしたり鼻水が出ていることがあって。

 

すると、父は決まって

 

「あんたはいつも具合が悪いんだな。」

 

と言うんです。それが嫌で嫌で。

 

好きでこうなっているわけではないのに(^^;

 

 

うちの子どもが小さい頃に高熱が続き、私も体調が悪かったため

母がしばらくの間(2、3日)我が家に手伝いにきてくれたのですが、

気を遣った母が留守番をしている父に電話をしたら、

 

「俺は1人でもどうにでもなるから構うな。もうずっとそっちに居たらいいだろ!」

 

と不機嫌そうに言われ・・・

 

家事の殆どが出来ない父なので、母は孫の看病をする時にも父を気にかけなくてはいけない。

 

常に自分優先でいてほしいのでしょうかね(*_*)

 

しまいには母に

 

「外を出歩いてばかりで、家の事に気が向いてない」

 

と言う始末。

 

孫の看病に私のアパートへ来てくれただけなのに。遊びに来た訳じゃないのに。

 

そして母は罪悪感を感じるわけです。万事そんな感じ。

 

そうなると私も母に頼るのが申し訳なくなるんです。

 

ハッキリ言ってモラハラだと思います。

 

 

先月、父が骨折で入院していたのですが、

今は退院して自宅療養しています。

 

親だから体調がすぐれないと聞けば心配にもなりますが、

子ども時代に感じたあの悲しい感情がよみがえり、

複雑な気持ちになります。

 

これからもっと高齢になって病気になったり介護が必要になった時、

私は自分の親に優しくできるのか ちょっと自信がありません。

 

そうならないために、できるだけ元気でいてもらわないと(^^;

 

お互いに適度な距離で元気でいるのが、精神衛生上よさそうです。

 

 

 

 

 

 

子どもの頃に好きだった場所

 

なんだか今年はあっという間に1年が経とうとしています。

 

前半は子どもの受験。

合格したはいいが、緊急事態宣言で学校が始まらない空白の数か月間。

 

学校が始まったと思ったら夏休みに入り、

気付けば12月に(*_*)

 

部活部活でここ数年は忙しかった子どもと

一緒に過ごす時間があったのはよかったのですがね(^^)

 

今は家が好きなはずの私は、

実家暮らしの頃はお出かけしたくて仕方がありませんでした。

 

家にいると、いつ親の地雷を踏むか分からなかったから。

 

今日はどんなことで怒られるのだろう?

 いつもピリピリした空気が漂っていて、ゆったりした気持ちにはなれませんでした。

 

私が中学生の頃、父が一階と二階をしょっちゅう行ったり来たりするのが落ち着かず、

自分の部屋にいるのに一人でいる気がしなくて・・・

父は私がちゃんと勉強をしているのか気になっているのだろうと感じていました。

 

暑い日に部屋のドアを開けていると、何度も視界に入るので、クーラーのない部屋でドアを閉めて勉強していました。

 

父は過干渉なだけでなく、多動ぎみなんじゃないかと感じることがあります(汗)

玄関ドアを開けてしょっちゅう家と外を行ったり来たりするし、

テレビは家族が観ていても常にリモコンを持ってザッピングします。

(その他、色々エピソードあり)

なので一緒に居てもこちらが落ち着いて過ごせません。

 

家では両親がしょっちゅう言い争いをしていました。

声が大きいので、自分の部屋に籠っていても怒鳴り声が聞こえてくるし、

そんな声ばかり聞いていては、こちらも気分が滅入ってきます。

 

そのあとの食事の時間が憂鬱で仕方ありませんでした。

 

だったらまだ、駅前のお店とかコンビニをうろうろしていたほうがマシでした。

 

あとは母方の祖父母の家に避難することが多かった(笑)

 

子どもの頃に唯一心が落ち着く場所が 祖父母の家でした。

 

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同じ学区内に家があり、私は赤ちゃんの頃から小学校まで、日中は祖父母に面倒をみてもらって育ちました。

 

共働きの両親は、祖父母にはとても助けられていたと思います。

 

親が仕事から帰ってくる前に、私と妹に夕飯を食べさせてくれていました。

夕飯を食べながら アニメの再放送を見て、

その横で今は亡き祖父が静かに晩酌をしている。

何気ないその風景が懐かしい。

 

祖父母の家は実家よりもくつろげるし、好きな場所でした。

私にとっていい「逃げ場」になっていました。

父はそれを面白く思っていなかったようですが。

 

でも、あの場所がなかったら、私はグレていたかもしれない。

それか精神がもっと病んでいたかもしれない。

 

生きるのを辞めたいと何度か思ったけれど、

祖父母がいてくれたから、なんとか今まで踏ん張れたと言っても過言ではありません。

やっぱり、育ててくれた二人に悲しい思いをさせたくなかった。

 

書いていて何だか泣けてきた・・・ 

 

もう、その家は無くなってしまったけれど、祖父母との思い出は、

子どもの頃の「楽しかった思い出」として残っています。

 

今はその家がなくても、自分の家がくつろげる場所になったので大丈夫(^^)

 

時々落ち込んで辛いこともあるけれど、ゆったりと落ち着ける空間で

今自分が生きる意味を考えているうちに、またぼちぼち上を向けるようになります。

 

私は家族と自分のために、落ち着いて過ごせる我が家の雰囲気を大事にしていきたいと思っています。

 

 

 

親の入院を事後報告された話

 

先日、父の誕生日でした。

 

普段は自分が穏やかでいるために、実家とは一定の距離をとっている私ですが、

親の誕生日には連絡をするようにしています。

 

これは妹も同じです。

 

決して仲がいいとは言えない家族ですが、

お互いの生存確認&子どもの写メや動画を送るために、

 

家族専用のグループLINE

 

が存在します。

 

過干渉な親なので 実家に電話すると色々面倒なこともあり、

先にLINEだけしました。

 

すると、父から返信が。

 

「実は1ヶ月近く入院していて、先週退院しました。」

 

と返ってきました(*_*)

 

は⁈ 聞いてないんですけど!!

 

私と妹はビックリでした。

 

母からも、何も連絡がなかったので。

 

出先から戻り電話しました。

 

どうやら、雨どいの葉っぱを取ろうとしてバランスを崩し、

乗っていた脚立が倒れてその上に落ちたそうで。

 

尾骶骨の上辺りを圧迫骨折したそうです(*_*)

 

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高齢者の高所作業はキケンです‼

 

無理して高いところの作業をして、落ちて骨折・・・

高齢者によくあるパターンです。

 

余計な心配をかけたくなかったそうですが、

それにしても そういったことは ひと言連絡があってもよかったのでは?

と思った娘たち。

 

何もなかったからいいものの、万が一何かあっても娘二人が知らなかったでは

シャレになりません。

 

車の免許がない母は、どうやって買い物に行っていたんだろう?

どうやって病院まで連れていったのだろう?

 

色々と疑問がでてきました。

 

どうやら近所に父の弟の同級生が住んでいて、

その人に病院まで連れていってもらっていたようです。

 

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コロナでなかなかこういう時に遠方まで手伝いに行くのも神経を使う状況ではあるけれど、せめて連絡ぐらいはしてほしかったなと思いました。

 

こういうところでも変に気を遣われて、

親子関係の希薄さみたいなものを感じてしまいます。

 

近くに住んでいなくても、食料品を宅急便で送ったりとか、

私たちにもできることはあるのに。

 

いつもは毒親っぷり全開ですが、いざこういう事態になると、

心配になるものなんですね(^^;

 

こんなご時世だから、病気やケガで入院しても、

今は面会させてもらえない病院も多いですから。

 

そのまま院内感染なんかしたら、もう顔を見ることもなくお別れ…

という可能性だってゼロじゃない。

特に父は持病もあるし。

 

そんな考えが 一瞬頭をよぎりました。

 

普段どんなにうまくいかなくても、自分の親だからね。

 

コルセットでお腹の辺りを締め付けられているので食欲がなく、

入院中に体重が4㎏落ちたそうです。

 

退院してからは、減ってしまった体重を戻すべく

母があれこれ食べさせようとしているらしいのですが、

食事が多すぎるだのわがままを言っているようです(汗)

 

私たちが何を忠告しても 言うことなどきかない父なので、

時々 母の愚痴を聞きながら、ただ見守ることしかできませんが。

 

この前は、寒いので外の鉢植えの花を家の中に入れる作業をしていたそうです。

重いので母が手伝おうとしても、半ギレで撥ね退けられてしまったそうで(^^;

 

気を遣ってほしい・察して欲しいのに、周りが手を貸そうとすると拒否します。

 

今回の件で、父も年なんだなと実感しました。

 

自分ではできると思っていることでも、体の機能が衰えて

できなくなってきているのだと思います。

 

少し自覚してくれればいいですが。

 

命に別状はなかったけれど、年齢も年齢なので

今後は注意していかなければなと思っています。

 

 

 

 

 

本物の自己肯定感を育てたい

 

承認欲求は誰にでもあるものですが、なかにはそれが人一倍強く、

自分の存在をアピールし認めてもらおうとする人がいます。

 

常に自分のほうに目を向けて欲しい気持ちが強い人は、

自己顕示欲が強いと言えるのでしょう。

 

子どもの知り合いに、常に自分が目立っていないと気が済まない子がいました。

 

生徒会、学級委員、グループのリーダーなどには必ず立候補。

それだけなら「やる気に満ちた子」なのですが、

自分よりも下に見ている子が立候補すると、潰そうとしてくるんです。

 

でも、話を聞いている限りでは、その子が下に見ていた子のほうが実際の実力は上だったりすることのほうが多いようです。

 

手あたり次第に何でもやりたがる子って、本当にその役がやりたいのではなくて、

人より上にいたい・目立ちたい・勝ちたい気持ちのほうが強いのかも。

 

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どうしてそこまでして上でいたいのか。

 

もしかしたら、親に褒めてもらいたいのかな?

目立たないと認めてもらえないと思っているのかな?

 

と、深読みしてしまった私。考え過ぎでしょうかね(^^;

 

うちの子どもも その子から、自分がやりたいポジションを

譲るように言われたことがあったんです。

 

でも、うちの子もその役に就きたいわけで、そうなるとオーディションだったり投票で決めるわけです。

 

でも、いざオーディションをすると決まると、迷っているからと言って

期日を引き延ばし、延期したオーディション当日には姿を現さない。

結局 辞退するというパターンでした(*_*)

 

周りの子も巻き込んで陰口を言われたりして、

あの時は本当に振り回されました。

 

お世辞にも互角の実力とは言えないレベルだったので、

オーディションをしても勝てる自信がなかったのだと思います。

でも絶対負けを認めないし、自分の実力が下だとは思いたくないんですよね。

 

話を聞いていて、なんだかその子が苦しそうだなと思いました。

 

そこまで虚勢を張ってでも得たいものって何?

その子は大人になってもこのままなんだろうか。

 

よく、

「○○ちゃんには絶対に負けちゃダメだからね!」

「○○くんよりも良い順位をとって」

みたいなことを言う親御さん、結構いそうですよね(汗)

 

これは、煽っている親が悪いと思います。

親が負けたくないんですよね(^^;

 

これを続けると、子どももライバル心剥き出しになります。

 

うちの子が幼稚園の頃、何でも器用にできる子がいて、

その子にライバル心を持った親子がいたんです。

 

小学生になった頃、さらに対抗心剥き出しで接してくるようになり、

親子で「あなたには絶対負けないから」と宣戦布告。

 

でも、相手はある分野で全国レベルの実力なので敵わないんです。

それでも、相手を認めようとせず、学校の成績とか体育の成績とか

ありとあらゆる分野でその子に粘着する親子。

 

我が家からすれば、その子だって運動神経も頭もよくて、

何でも努力で頑張っている素晴らしいお子さんなのに。

 

そんなにすべてを手に入れたいか~?って思っていました(^^;

 

でも、そんな狭い世界で勝ったとしても、ちょっと上の世界へ行くと

自分より上の人なんて たーーーくさんいるんですよね(^^;

 

井の中の蛙状態で満足しているのは、ちょっと違うかなと。

狭い世界で承認欲求を満たしたいだけなのかなと思います。

 

世の中には、どんなに背伸びしても努力しても手に入らないものが

沢山あります。

勝ち負けだってそうです。上には上がいる。

 

たとえ負けたとしても、相手を認め、自分の実力を一旦受け止め、

そこから目標を立てて一歩ずつクリアしていくことが大切なのだと思うんです。

 

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おそらく「何でも立候補する子」も「ターゲットに負けたくない子」も、

身近な人や集団の中での勝ち負けや上のポジションでいることで

自分の価値を感じているのかもしれません。

 

目立ったり勝てたことで承認欲求や自己顕示欲は満たされたように見えても、

それが本当の自信(自己肯定感)につながるかどうかは疑問だし、

逆に負けてしまった場合、それをを受け止めることや相手を尊重すること、自分の挑戦するひたむきな気持ちなどが育たないまま大人になってしまいそう。

 

自分に都合の悪いものに目を向けたら自信をなくしてしまいそうだから、

見たくないんですよね。

 

大人になっても「私が、私が」と自己アピールをし、身近な相手に

マウンティングしてくる人がいますが、子どもの頃から勝ち負けや自分より上か下かにこだわってきたのだろうなと想像できます。でも、どこか自信が持てない。そんな人が多いように感じます。

 

そして、子どもを持ったら今度は我が子の勝ち負けで自分の存在価値を見出すようになるのではないかと思います。

 

他者との比較で自分が優れていれば、分かりやすく自分を肯定できますが、

もっと優れている子を目の前にすれば簡単に崩れてしまいますから(汗)

 

揺るぎのない「自己肯定感」をつくるのは、昨日の自分よりもよくなっているという実感です。 

「自分はできないことでもがんばって、できるようになってきた。だからまたできないことがあってもなんとかなるだろう」

本物の「自己肯定感」を持つ子は そう考えるようになります。

 (引用元:高濱正伸・西郡文啓著『ちゃんと失敗する子の育て方』)

 

これは、私自身にも言えることだなと思っています。

自己肯定感が低めなので、子どもがたまたま何かで賞をとったとか

順位が上だった時、まるで自分が褒められているような気分になってしまうことが

あったなと。

 

だけどそれはちょっと危険で、子どもに過度な期待をして一喜一憂したり 

知らず知らずのうちにプレッシャーをかけてしまっていることもあるので、

気を付けなければと思っています。

 

負けたら悔しいけれど、だからといってダメ人間になるわけではない。

そこに辿り着くまでの過程をちゃんと褒めてあげて、

子どもには本物の自己肯定感を育ててあげたいですね。